本文要約
抗がん剤治療の成功は、ペニシリン、ストレプトマイシンに象徴される抗微生物治療の成功に比べて、桁違いにむづかしいといえる。観念的にいうなら、微生物との闘いはあくまで外敵との闘いであるのに対し、がんとの闘いは自分の分身との闘いであるからだ。現在の化学療法は標的が定まらないまま、弾薬を浪費しているような効率の悪さという指摘は真実であろう。 一九六〇年代、血液がん、小児がんなどの一部のがん、全体でみれば約一〇%程度のがんの治療で、化学療法は画期的成果を納め、これらの領域では化学療法の効果は疑う余地はない。しかし、その後の成人固形がんへの適応は、はかばかしい成果を未だみていない。特に用量を強化して成果を上げようとしたこれまでの試みは、はっきりと失敗といえるだろう。しかし標準量以下の化学療法では、特に術後補助療法の領域で、これまでの進歩を破棄してしまう危険が大きいのも事実である。 抗がん剤の使用に際しては、はっきりとした目的とデータに基づいた見通しが要求される。治癒の可能性を前提にしているのか、あるいは延命目的か、はたまた現在の症状緩和が目的か。こうした目的と見通しを患者側と医師の側で議論することなく、抗がん剤を合理的に使用することは困難であろう。 がんで命を奪われる多数の患者にとって、がん治療全体を見通したとき、これは負け戦である。それゆえ玉砕的な戦いに陥ることなく、冷静に効果と犠牲のバランスを考えなければならない。がんの進行で苦しむ患者が、さらにがんの治療でぼろぼろになるという事態は、合理的な判断によって避けなければならない。しかし、抗がん剤治療は時に劇的ともいえる効果をもたらし、一時的(数カ月間)に終わる場合が多いが、しかし価値ある症状緩和と延命効果をもたらす。それゆえ、これまでのデータ(エビデンス)に基づく治療選択によって医学の不確実性を減らし、患者治療の質を高めていくと共に、治療効果の連続的な再評価と方針の軌道修正が特にこのような闘いでは重要になってくる。
化学物質でがんは治るか? 化学療法という言葉は、現在、抗がん剤治療とほとんど同じ意味で用いられているが、かつては細菌感染の治療に化学物質を用いる抗菌療法のことを意味していた.歴史的には一九〇七年にエールリッヒ(ノーベル賞受賞者)が、微生物に対しては有効だが人体には害を及ぼさない魔法の弾丸という意味で、この言葉(化学療法)を用いたのが最初である。 彼は梅毒の治療薬の開発に取り組んだ。この薬は梅毒の特効薬として期待されたが、実際にはあまり有効ではなく、副作用も強かった.その後、サルファ剤が開発され、さらにフレミングによるペニシリン(抗生物質)の発見が続いた。これにより化学療法(抗菌療法)は画期的な成功を納め、二十世紀半ばに輝かしい発展を遂げた. その後、化学療法という言葉は、微生物に対する治療だけではなく、がんの治療に化学物質を使う場合にも用いられるようになった.現在では化学療法というと、がんに対する治療、つまり抗がん剤治療と理解されている場合が多い。
では、化学療法で進行がんは治るのかというと、大雑把にいって、がん全体の一〇%程度にそのようなことが起こり得る。具体的には、血液がん、小児がんで、進行がんの治癒が起こり得る。しかし残りの大多数、つまり多くの成人固形がんでは、一時的な効果がみられても治癒にいたることは稀である。 細菌と違い、ヒトのがん細胞はヒトの正常細胞に酷似しているため、化学物質を用いた標的を見い出すのは容易ではない。また大多数の抗がん剤において、なぜ正常細胞よりがん細胞に対してより作用を発揮するのかについては、その理由もあまり解明されていない。さらに、がん細胞の薬剤に対する適応能力(耐性の獲得)も、治療をさらに困難にしている。 化学物質を用いたがん治療の不十分な結果を克服するために、がん治療医たちは用量の強化、つまり薬の量を増やす試み(dose escalation)に活路を見いだそうとしてきた。しかし、がんの多数を占める成人固形がんには、はかばかしい成果のないまま、ここ三十年が経過し、当然引き起こされる副作用によって多くの患者が苦しんできた。このため化学療法に対する社会一般の印象は、がん治療の中でも最悪のものとなっており、抗がん剤治療に対する不信感は世間には相当に根深く、我々もしばしば患者や家族の、とても理性的とはいえない拒否反応に困惑することも稀ではない。 本章では、化学療法が誕生した歴史的経緯、理論的背景、その限界、社会的側面などに触れ、化学療法の恩恵を得るにはどうすればよいかについて考えてみたい。なお乳がんの抗がん剤治療の実際については第6章の中で詳しく触れたので、参考にして欲しい。乳がんは成人の固形がんの中では抗がん剤が最も効果のあるがんで、患者数も多く臨床研究が最も進んだ分野であるので、乳がん治療で得られた知見は抗がん剤治療の基本となるであろう。
毒ガスの人体への応用
現代の化学療法の歴史は、イタリアの港町バリで連合軍側のハーベイ号が爆発した一九四三年十二月に始まるとされる。この船は毒ガスのイペリットを搭載していたため多くの水兵が毒ガスを浴び、骨髄の機能低下をきたした。さらに一部の者は白血球がほとんどなくなって死んでいった。この惨状は海軍軍医ピーター・.アレキサンダーによって報告されたが、実際にはイペリットのこのような作用はそれ以前から知られており、研究もされていた。 イペリットは一八五九年にはすでにドイツで合成されていたとされるが、実戦に使用されたのは第一次世界大戦中の一九一五年、ドイツ軍によってであった。この毒ガスは皮膚に激しいびらん性の障害をきたすほか、造血器や消化管にも激しい副作用をもたらすことが知られるようになった。このイペリットを水溶性に改良したものがナイトロジェンマスタードである(一九三五年)。 このイペリットの造血臓器系に対する作用を利用して、一九四二年にはイェール大学(アメリカ)でイペリットの誘導体であるナイトロジエンマスタードを用いた実験が始まった。一九四三年にはナイトロジエンマスタードがヒトの腫瘍(悪性リンパ腫)に対し効果があることが明確に示されたが、こうした研究は毒ガス開発自体が軍事機密であったため、一九四六年まで公表されることはなかった。その意味で、一九四六年の「サイエンス」誌上の発表が実質的な化学療法時代の幕開けといえる(Science 103;409, 1946)。 進行した悪性リンパ腫に対して化学物質が劇的な効果もたらすという事実は、多くの研究者たちを驚かせ興奮させたが、後に彼らは失望することになる。再発が必発だったからだ。
進行がんの治癒
シドニー・ファーバーは、葉酸が小児白血病の細胞を増殖させるという観察結果から葉酸の拮抗剤の研究を開始し、これが代謝拮抗剤を用いた化学療法の歴史の始まりとなった。一九六〇年代には小児白血病とホジキンリンパ腫の治癒という画期的な成果をもたらし、抗がん剤治療は最も輝かしい時期を迎えた。人間のがんが、それも進行がんが薬剤によって治癒しうることが証明されたのである。これは医学の画期的な前進であった。 代謝拮抗剤とは、生体の代謝物質の形成や機能を阻害する薬剤で、この系統に属する抗がん剤は、プリン、ピリミジンおよび核酸の合成に必要な正常に存在する化合物に、化学的構造や性質が類似している。これらの薬物は、プリンやピリミジンの合成過程に働く重要な酵素を阻害し、DNA合成を妨げ、あるいはDNA分子中へ誤って転入されて同様な効果を示すが、その結果、DNA鎖の切断や不完全なDNA鎖の生成へ導かれることになる。この系統の薬物が効果を示すためには、DNA合成の間、一定以上の濃度が必要であり、細胞周期のうちS期(合成期)に作用することが多い。このため持続的な薬物濃度の維持が必要となる。 さらに重要な抗がん剤の柱に、微生物由来の抗生物質系の抗がん剤がある.これまで抗生物質で抗がん剤として利用されるものは、ほとんどが微生物の二次代謝産物である。多くは放線菌由来のものであり、その後、抗腫瘍活性の向上、毒性の軽減のため化学修飾や遺伝子操作により、改良型の開発が続けられた。一九五六年にマイトマイシン、一九六六年にブレオマイシン(日本人研究者)、一九六九年にはドキソルビシンが開発された。これらの物質は発見からすでに三十年以上が経過しているが、これらの物質に代わる、あるいはこれらの物質を凌駕する抗がん性抗生物質はいまだに開発されていない。 抗菌剤であるサルファ剤(スルホンアミド)の出現までは、実は薬剤というのは人々にそれほど信用されていなかった。それがサルファ剤の成功によって、薬物への信用は一挙に高まった。さらに抗生物質ペニシリンとストレプトマイシン(抗結核薬)の成功は、薬物に対する人々の信用を決定的なものにした。一九五〇年代には、がんに対するペニシリンのような存在が期待されるようになり、また可能であるように思われた。 この時期、アメリカがん研究所を中心に、約四十万を超える化学薬品の薬剤としての可能性が調べられ、今なお多くの薬剤が試験されている。当時、約二千種が少なくとも一つのがん細胞に選択的毒性を持つと報告され、約五十種類が最終的に残された。これらの薬剤は現在も主力になっている。 一九六〇年代末まで、世界中はまさにがんが制圧されんとしているかのような希望に満ちた興奮状態にあった。しかし薬剤によって90%の治癒率を得たがんは、様々ながんの種類のうちの10%にすぎなかった。しかも、そのがんに有効な薬剤の多くは、化学戦研究の副産物であることを思い出させるに足る、強烈な副作用を引き起こした。 それでも研究者らは、許容量以上に抗がん剤を投与することに活路を見いだそうとしていた(dose escalation)。その背景には、腫瘍細胞を一つ残らず殺さなければならないという支配的な学説があった(スキッパーの殺細胞仮説)。一個の白血病細胞が実験動物を死にいたらしめるという観察から導かれたこの仮説と、血液がん、小児がんでの成功の経験が、成人固形がんへ幅広く応用されたが、成人固形がんの領域では画期的な成果は、現在にいたるまでみられていない。かくして一九六〇年代に膨らんだ化学療法への楽観論は、徐々にしぼんでいった。
化学療法のメカニズム
がんとは、一般に正常の制御機構からはずれて生体内で増殖を続け、治療をしなければヒトの死を招くような細胞群を指す。健常成人には活発に増殖する正常の組織が多数あるが、この増殖は修復や補充に必須のものである。人間のある組織(皮膚、消化管など)は大量に細胞が失われ続けるが、一方で補充され続ける。こうした組織では増殖によって細胞が生成され続けるが、それは置換や修復のためであり、細胞総数は増えることなく一定に保たれ続ける。 がんの発育と抗がん剤の効果を説明する二つのコンセプトは、スキッパーの法則とゴンペルツ増殖である。スキッパーの法則とは、増殖している細胞の増殖スピード(doubling time)は一定であり、ある薬剤をある用量で与えたとき、がん細胞が死滅する割合は腫瘍量にかかわらず一定である、というコンセプトである。このスッキッパーの法則は、腫瘍のうち増殖している部分に適応される。血液がんではこの法則が全面的に適応できるのに対し、固形がんの場合は部分的に適応されるだけである。 実際、ヒトの多くのがんの増殖は直線的ではなく、ゴンペルツパターンをとる。ゴンペルツパターンとは、がんの大きさが増すにつれ、増殖スピードが鈍ってくる現象のことである。その理由として、腫瘍の中の一部分(増殖分画)しか増殖しなくなるためと考えられている。これが、多くの固形がんが化学療法では治癒できないことの理由の大きな要因である。腫瘍の一部分は増殖をやめて休眠するが、死滅するわけではない。栄養と酸素化が至適であれば、増殖率は最大(30%程度)になると考えられている。 細胞は二つに分裂しながら、その生命を引き継いでいく。この過程は化学療法を考える上で重要なコンセプトである。 細胞周期は五つの重要な相にわけることができる(G0/休止期 S/DNA合成期 G2/後合成期 M/有糸分裂期 G1/後有糸分裂期)。おおまかに言えば、抗がん剤は細胞周期のどの部分に有効かによって分類される。代謝拮抗剤、エトポシド、ヒドロキシウリア、ビンアルカロイド、ブレオマイシンは細胞周期に特異性のある薬剤である。それに対し、アルキル化剤、抗生物質系の抗がん剤、5-FUは細胞周期とは独立しており、一般的に増殖スピードの遅い腫瘍にも感受性がある。細胞周期特異性のある薬剤は、増殖分画が大きい腫瘍に最も有効的である。これに対し、アルキル化剤、抗生物質、5-FUなど細胞周期に関係ない薬剤は成長の遅い腫瘍にも活性を示す。 薬剤の基本的な作用メカニズムを知ることは、多剤併用を行う際、毒性を最小にして薬剤耐性株の出現を予防するのに重要である。その結果、多剤併用療法にはいくつかの教訓が生まれた。単独で効果を持つ薬剤を選ぶこと、選ばれた薬剤はそれぞれ異なる作用機序を持つこと、理想的には、異なる副作用を持つ薬剤を組み合わせること、しかし骨髄抑制のような共通の毒性には、それぞれの薬剤の量を減らす必要がある、そして最後に、類似した薬剤耐性のメカニズムを持つ薬の組み合わせは避けなければならない。
化学療法の目的
化学療法は、通常、それぞれの場面で明確な目的を持って用いられる。導入化学療法は通常は高用量、多剤併用で、完全寛解をめざして行われる。地固め療法は導入化学療法で完全寛解した人に、この状況を長続きさせるため、あるいは治癒を目的に、導入療法と同じやり方で行う。地固め療法をもっと強力に行う場合は、強化療法という(intensified chemotherapy)。維持療法は導入療法より量を減らして行い、完全寛解後の再燃を予防する。これらは血液がんの治療で用いられる方法である。 術前化学療法は、固形がんのうち局所進行した乳がん、四肢の軟部肉腫、直腸がん、頭頚部の扁平上皮がんで多く用いられるようになった。放射線と併用して、生存率、切除率、臓器の温存をめざす場合もある。緩和的化学療法は症状をコントロールする目的で行ない、もし毒性が軽度であれば、治癒しない患者の延命をめざして行なう。救援化学療法は、別の標準的化学療法で無効であったり再燃した場合に、治癒を目的に高用量で行う。 補助化学療法は、治癒をめざした手術、放射線治療の後に短期間に高用量で、少ない遺残がん細胞を破壊するために投与する。補助療法にはいくつかの成功のカギがある。腫瘍量、薬剤の量とスケジュール、薬剤併用、薬剤耐性である。薬剤は局所に遺残した腫瘍と、臨床的にはみつからない微少な遠隔転移巣の、両方に有効でなければならない。 現時点で補助療法として確立しているのは、乳がん、大腸がん、卵巣がん、骨肉腫、小児固形がんである。膵臓がん、胃がん、精巣がん、子宮頚がん、メラノーマでは、補助療法の効果は確認されていない。 ほとんどの抗がん剤には、かなり急な用量-効果の関係があり、また治療域が狭いため高用量を短期間行うことが多い。簡単に言えば、用量を減らせばたちまち効果が薄れ、さりとて用量を増やせば危険であり、治療に使える幅が少ないということである。
化学療法の理論
ここでは、現在の化学療法を支えるいくつかの理論とその発展、およびポイントとなる用語について解説する。
【単剤持続療法】
抗がん剤が導入された当初は治療法として抗腫瘍療法が、サルファ剤や抗生物質による抗菌療法に類似していると思われた。治療目的は両方とも同じで、体内の有害な細胞集団の根絶にあり、片や腫瘍細胞集団、片や細菌集団の排除であった。初期の化学療法(一九五〇年代)は当時の抗菌療法(抗生物質、スルフォンアミド)のいくつかの原理に従った。 この療法の目標は不当な毒性、薬剤耐性、治癒をみるまで、単一の抗がん剤を用いること、長期間血中濃度を一定に維持することで、これが単剤持続療法の理論的な背景となった。これは、悪性腫瘍は正常組織より増殖速度が速いという、当時の誤った学説に適したアプローチのように思えた。しかし放射性同位元素を用いた研究などにより、ほとんどの腫瘍での有糸分裂の速度は、骨髄や胃腸管上皮より遅いことが明らかとなった。いずれにしても、じゅ毛がんを除けば単剤で治癒可能ながんは稀で、大半は早期に再燃してきた。
【多剤併用化学療法】
医学の多くの分野では、ある病態の治療にできるだけ少数の薬剤を使うことが良い習慣とされ、持続的な単剤療法が支持された。一九五〇年代中頃にはこれに疑問がもたれ、作用機序の異なる多剤の併用が、薬剤への抵抗細胞の出現の可能性を減らし、奏効率の上昇が期待された。このことの有用性は、小児の急性リンパ性白血病、進行乳がんにおいて実際に示された。
【間欠投与】
一九五〇年代末から六〇年代初めにかけて、腫瘍組織と正常組織には薬剤による障害からの回復力に大差があることが判明した。腫瘍細胞は障害を受けると修復や再増殖の能力も減少したのである。これらの観察は、抗がん剤投与計画に重要な暗示を与えた。持続投与では、これらの回復力の差異を治療に利用することができない。そこで、間欠的に投与することの可能性が考えられた。
【スキッパーの殺細胞仮説】
彼はL1210白血病細胞をマウスに注射する実験から,いくつかの化学療法の基盤となる理論を打ち立てた。一九六五年には、白血病の増殖パターンに対する化学療法の効果の研究を発表している。 1.一個のL1210白血病細胞を注射するだけで、致死的な腫瘍に進行する。 2.増殖している白血病細胞集団の数が二倍になる時間(倍増時間)は一定である。 3.ある薬剤をあるdoseで与えたとき、殺される白血病細胞集団のパーセントは、その集団の大きさが異なっても、かなり一定している。 4.有効な薬物の用量と殺された白血病細胞集団のパーセントには密接な関係がある。
【ノートン、サイモンの仮説】
スキッパーの指数モデルから、ノートンらのゴンペルツモデルが派生した。 実際の人のがんでは、大きさが増すにつれ増殖スピードが鈍ってくる現象がみられ、これをゴンペルツ増殖という。この理由としては、腫瘍の中の一部分(増殖分画)のみしか増殖しなくなると考えられている。このことは、多くの固形がんが化学療法では治癒できないことの理由の一つと考えられている。分裂しない細胞には化学療法が効きにくいからだ。 ノートンの仮説とは、腫瘍が大きくなるにつれ増殖速度が遅くなり、逆に腫瘍が小さくなると増殖速度が速くなり、化学療法にも感受性が高くなるというものである。この仮説では、ある薬剤の組み合わせで最大の腫瘍縮小効果が得られている間は薬剤を変更する必要がなく、縮小率が鈍ってきた時点で変更するという考え方が推奨される。また増殖分画を増やすという点でも、術後補助化学療法を支持する理論となった。
【ゴールディー、コールドマンの仮説】
腫瘍細胞は時間が経つにつれ自然に薬剤耐性を獲得し、増殖していくという仮説。この仮説からは、非交差耐性の薬剤をできるだけ短時間に投与すれば、耐性細胞の出現を阻止できるという臨床指針が得られる。 【用量強度(dose intensity)を高める三つの方法】 1、投与量の増量(dose escalation) 2、治療の間隔を狭める(dose density ) 3、連続的な投与法 の三つの方法のうち、これまでの化学療法では、用量を増やし奏効率を上げる努力をしてきたが、治癒率に大差はなかった。ゴンペルツモデルでは、縮小した腫瘍は増殖スピードが増し、もとの大きさに戻ろうとするだろう。そのため治療間隔を狭め、腫瘍に再増殖の時間を与えないことの方が、一回の薬を増量して奏功率を上げるより有効と考えられるようになった。このような考え方に基づき、一回投与量を減らし毎週投与する方法(dose densityを高める方法)が現在の大きな研究テーマとなっており、ノートンらが主導的役割を果たしている(Seminars in Oncology Suppl 10 S3-10 ,1997)。最近の乳がん治療で治療の間隔を短くし、薬剤を連続的に使っていく方法は一定の効果が示されている。
抗がん剤治療の限界
抗がん剤治療は一九六〇年代の血液がん、小児がんでの輝かしい成功に続き、その理論と手法を成人固形がんに適応してきた。しかし成人固形がんでの成果ははかばかしくなく、その解決を薬剤の増量、すなわち用量強化に求めた。これは当然ながら副作用の拡大を招き、抗がん剤治療の世間の印象を悪化させた。 九七年、化学療法の領域で最も権威ある専門誌に、用量強化に関するレビュー論文が掲載されている。「化学療法の用量強化に関する、血液、小児がんでの成功と成人固形がんでの限界」(J.Clin. Oncol. Vol 15 2981-2995, 1997 )と題する論文で、結論は、用量を増やした化学療法は寛解後の急性骨髄性白血病、多発骨髄腫、再燃した中高度悪性群の非ホジキン悪性リンパ腫には有効で標準治療であるが、固形がんにおいてはどういう形であれ有効性は明らかでなく、標準と考えるべきではないというものであった。 抗がん剤治療については現在も多くの臨床試験が進行中で、この論文の結論はあくまで暫定的なものである。しかし、現在の患者はあくまで現在の知見に基づいて治療を受けるべきであり、実現可能なはっきりとした見込みを呈示しなければならない。これに関し、次のような専門家のコメントには説得力がある。 〈化学療法は、治癒または延命効果や生活の質の改善のはっきりした見込みのある場合にのみ処方されるべきである。腫瘍学の研修医は、化学療法はすべてのがん患者の治療の一部をなすものではないことを学ばねばならない。〉( Lancet 1991; 337 901-902) 薬剤の臨床試験においては、かつては腫瘍縮小率が重要視されていたが、近年は腫瘍縮小率または症状のない生存期間は、薬剤の有効性の妥当な基準として受け入れるべきではないという主張が強まりつつある。細胞毒性薬の有効性を主張する根拠としては、無作為臨床試験による延命および明確に定義された病状軽減効果、またはそのいずれかの証拠が必要と考えられるようになってきた。 患者側も、これから行われる治療の、病気を治癒させる可能性、実質的生存期間の延長、また生活の質を高める上でどのような証拠があるのか、担当医にはっきり確認しておく必要がある。患者側からのこのような働きかけも、全体の治療水準向上に大きく役立つであろう。 抗がん剤治療の限界を意識した治療の具体的な例として、遠隔再発をきたした乳がん患者の治療指針を、イギリスの代表的な教科書から引用しておく。このような考え方は。化学療法の合理的な適応に際し参考になるであろう。 〈確かに遠隔転移を起こした乳がん患者は治癒しないと考えられているが、治療をうまく行うことによって、しばしば価値のある症状の緩和が得られ、その効果は時に何年にも及ぶことがある。したがって治療の最大の目的は、治療の副作用を最小限にしながら、できるだけ長く患者の生活を活動的なものにし、症状を取ることである。こうした再発転移の治療に延命効果があるかどうかについては議論のあるところだが、延命そのものは再発治療の主たる目的ではないと考える。 しかしながら、急速な臓器不全をきたすような場合、すなわち肝機能障害をきたす肝臓転移やがん性胸膜炎の場合、治療により症状が改善できれば、その患者はまず確実に延命されると思われる。一部のがん治療医は、最初に遠隔再発が発見された時点で抗がん剤治療を行おうとしているが、現在では多数の専門家が、進行する症状があって初めて治療を開始したり変更すべきであると考えている。症状のない患者にこうした治療をしても何のメリットもなく、副作用をもたらすだけかもしれないし、また薬剤耐性を導き、今後、症状が出たときに、こうした薬剤を使用できなくなるかもしれないからだ。 しかし無症状の患者の場合でも、予期される差し迫った合併症を回避したり遅らせるために治療が試みられることもある。例えばレントゲン上、増大してきている肺転移は呼吸症状の出現が予想され、そのような場合、治療を始めることは適切かもしれない。こうした場合、治療をするかどうかは腫瘍の増大スピードと、患者の治療に対する希望によると思われる。またホルモン療法は、抗がん剤に比較して副作用があまりなく、また反応がみられたときの有効期間が長いことから、第一に考えるべきだし、無症状の場合でも積極的に使用すべきかもしれない。〉(Textbook of Breast Cancer 169-180 ,1997)
抗がん剤の臨床試験
薬物治療にせよ外科治療にせよ、著しい効果のある治療は見ただけで明らかであり、臨床試験をするまでもない。薬物でいえば、ペニシリン、モルヒネ、アスピリン、インスリン等の薬剤は臨床試験をするまでもなく汎用されるようになり、現在までその薬剤の価値に疑問を挟む者はいない。 この場合でも、細かい使い方などの解決には臨床試験が必要である。例えば手術後、抗生物質ペニシリンを一日だけ使った方がいいのか五日間使った方がよいのかといった場合はそれほど差がないから、厳密な臨床試験計画を立て、患者数を五百人とか千人規模で集めないと真実はわからない。まして抗がん剤の効果は限られており、またその細かい使い方に関してはさらにその差が少ないため、臨床試験を厳密に行うことなく有用な治療法を見い出し、進歩させていくことは到底考えられない。 批判はあるにせよ臨床試験は、偏りを可能な限り少なくして臨床的疑問に答を得る、唯一の方法である。その場限りの治療を行っても、つまり担当医の思い込み治療を行っても、その治療法の安全性や有効性についての情報はあまり得られない。とりわけ、自分はすでに知っていると思っていることを学ぶのは至難のわざであるから、習慣化した医療行為の再評価は臨床試験なくしてありえない。 臨床試験は一九三〇年代にイギリスの統計学者オースチン・ブラッドフォード・ヒルによって最初に提唱された。世界で初めての無作為臨床試験は、一九四六〜四八年にイギリスで行われた結核に対するストレプトマイシンの臨床試験だが(BMJ 2 769-782 ,1948)、ヒルはその統計分析を行った。この臨床試験によりストレプトマイシンの評価は決定的となり、以後の薬剤評価の指針となった(ヒルは第一次世界大戦中、パイロットとして戦地に赴き、肺結核を罹患して死の淵を経験した。その後、疫学の分野でも大きな功績を残した。特にタバコと肺がんの疫学研究で知られる)。その後、一九六二年にアメリカで食品医薬品化粧品法に対するキーフォーバー・ハリス憲法修正箇条が導入され、臨床試験の急増にはずみをつけた。 この法律は、アメリカで市販されるすべての新薬に、その有効性を証明する実質的な証拠を要求していた。これは多くの国々の薬剤行政に大きな影響を与えた。この「実質的証拠」という言葉は、当初はあいまいに解釈されていたが、ほどなくFDAは、二つ以上の無作為臨床試験を必要条件とすると解釈した。これに対応するため医学産業複合体が形成され、数千人規模のまったく新しい研究集団がアメリカに誕生した。
抗がん剤承認にみる特殊性
アメリカでは九六年三月、クリントン大統領の声明(抗がん剤をより早く使えるようFDAの認可における規制を簡略化しようという提案で、腫瘍縮小効果のみで承認すること、外国での既承認薬に対する規制の緩和、患者団体代表の抗がん剤諮問委員会への参加などを含む)が出るまで、FDAは第3相臨床試験で有効性が客観的に証明されるまで抗がん剤を認可しなかったが、研究のスピードを速めるため、腫瘍縮小効果(第2相臨床試験)だけで取り合えず認可しようという流れになってきた。これは、実際の進行がん患者でしか臨床試験を行えない抗がん剤開発の特殊性を踏まえた結果である。 臨床試験は、薬剤を開発するためにも治療ガイドラインを合理化するためにも、不可欠なものである。臨床試験の遂行には多額の経費と人手を必要とするが、適切に運営されれば一般臨床現場への波及効果は大きく、さらに不必要な薬剤を排除する上でも大きな力を発揮するはずである。 私見だが、臨床試験を行う基盤はその国の医療水準を計る指標であり、日本の貧弱な臨床試験体制は先進国の中で際立っている。とはいえ、現在の環境で果実だけを求めようとしても、失敗するだけであろう。客観的な臨床試験の結果を無視する人が多数いるなかで臨床試験を遂行することは、きわめて困難である。まずは医師の「私」の処方、「私」の流儀を徹底的に排除し、この医療行為にはどのようなデータがあり、何をなさねばならず、何をしてはいけないかについて自覚的にならねばならない。そうすれば何が分かっていないかが明らかになり、臨床試験の必要性を心の底から納得できるに違いない。
抗生物質の乱用と抗がん剤/日本の特殊事情
現在の抗がん剤治療にみられる臨床現場での混乱と日本の後進性を論議する場合、様々な視点が考えられる。抗生物質や血液製剤の問題に代表される薬剤軽視の姿勢、がん告知を避ける伝統、実証主義に基づかない医療の伝統、これらが日本のローカルドラッグである5-FU系経口抗がん剤の問題を生み出したと私は考えている。後述するように、乳がん補助化学療法での5-FU系経口抗がん剤とCMF療法の認可に関わる問題が、私の個人的な医療に対する疑問の原点になっている。 敢えて批判的な言い方をすれば、外科系の治療医の間にしばしば見られる化学療法に対するいい加減な気持ちは、抗生物質の乱用の過程で養われたと私はみている。例えば現在の世界の趨勢は、乳がん手術や甲状腺がんの手術には抗生物質は不要であるというもので、これにはすでに十分なデータがある。事実、我々も毎年、二百例前後の乳がん手術を抗生物質なしで行なっているが、なんら問題は起こっていない。しかし日本のほとんどの施設では、抗生物質の投与が行われているであろう。かく言う我々も、かつては深く考えることなく投与していた。 胃がんや大腸がんの手術でも、汚染手術でなければ、通常、手術直前または手術中の追加投与で十分とされているが、これにも十分なデータがある。ところが日本では、感染の症状がないにもかかわらず、術後、長期間にわたって投与されている。 これらには製薬メーカーの営業力や、保険医療制度など様々な背景が考えられるが、このような経験を通じて、外科医は研修医時代に薬剤投与に関する安易な気持を養っていくとものと思われる。さらには各種血液製剤やDIC(播種性血管内凝固)予防薬なども、ほとんど科学的な裏づけもなく大量消費されている。 例えばアルブミン投与は死亡率を増加させるとの解析もある(コクラン研究所、32論文一四一九人のデータ、BMJ 98年7月)。蛇足ながら、抗生物質の皮内テストのような無益な検査を行っているのは日本だけであることも指摘しておきたい(皮内テストの結果からは後のアナフィラキシーショックの発症を予知できず、また皮内テストそのものにショックを起こす危険性があるから、ペニンシリンショックの既往のある患者にどうしても再治療が必要となるなど特殊な場合を除いて欧米では行われない)。 このように薬物療法に対する伝統的な軽視と製薬メーカーの営業努力、そして保険制度が絡み合っていびつな日本独自の市場が形成され、この流れの中に5-FU系経口抗がん剤の問題があると思う。メーカーが生み出したデータ(エビデンス)より営業活動によって薬剤を現場の医師が選択する以上、メーカーの臨床研究よりも営業重視の姿勢は変えることは困難だ。 一九九八年、新規の5-FU系経口抗がん剤であるカペシタビンがアメリカFDAにより認可され,その根拠となるデータが一九九九年のJCO誌2月号に掲載されている。この新薬は日本ロッシュによって日本の研究者により開発され、現在、日本で市販されている日本のローカルドラッグ、フルツロンの改良型である。 前述したように、乳がんを代表とする固形がんに対しては、標準量以上の強化化学療法の有効性は証明されず、なおかつ進行再発がんの腫瘍縮小率は延命を保証しないことも明らかだ。欧米においても、腫瘍縮小率の追及より副作用が軽微で、症状の緩和効果のある治療法を求める動きが強まっている(J.Clin.Oncol. 2557-2567 ,1998)。 緩和ケアの領域では、かねてより化学療法の原則として、@可能なら常に経口薬を用いる、A併用療法より単剤療法を用いる、B毒性が最も低い薬剤を選択する、C最大投与量以下の投与量で始める、D短期間投与する(Handbook of palliative care in cancer 1996)という原則が示されていた。 5-FU系の経口抗がん剤は主として日本で発展してきた薬剤であり、がんの告知なしでも使える気安さ、専門知識をあまり必要としない簡便さ、副作用が比較的軽微であることが、普及した主な理由であった。医者の側も、プラセボ薬に近い形で少量、長期内服投与が行われてきた。これらの治療法は確たる有効性を示すデータもないまま、乳がんの術後補助療法の領域でも使用されてきた。明らかに生存率の向上が証明された多剤併用療法(CMF療法、AC療法など)を無視して、このようなデータのない安易な使用が広まっている現状が、私の日本のがん治療に対する失望の原点であり、この件については我々も論文も発表している(Lancet,1999,353,2077)。 しかし、治癒を目的として行う化学療法と緩和的な化学療法は異なる性質のもので、緩和医療の領域では、投与方法(用量と休薬期間の設定)、投与期間(数カ月程度?)が適切に設定されれば、むしろ単剤、少量投与は合理的であり、またアントラサイクリン、タキサンに反応しなくなった進行再発乳がんの二〇%でカペシタビンに腫瘍縮小効果がみられたということは、かなり期待の持てる薬剤だと思う。ただこのような緩和的医療での評価と、治癒を目的とした場面は明らかに違うことを強調しておきたい。緩和的場面の評価が補助化学療法の議論にすり替えられることのないよう、我々も注意していく必要がある。 この件に関連して以前から私は、日本を代表するいくつかのがん専門病院でさえ、しばしば治癒の可能性を追及する場面で(具体的には乳がん術後補助化学療法の領域)、これまでのデータを無視した、低用量の単剤化学療法(5-FU系経口抗がん剤)が外科医の手で行われ、治癒の可能性がなくなった進行再発時に、用量を強化した化学療法が、腫瘍内科医の手で行われている現状を本末転倒のことと考え、批判してきたつもりである。治癒を目標とした補助化学療法と、症状緩和を目的とした緩和的化学療法の違いが理解されないと、補助療法の場面で安易に用量が削減され、緩和療法の場面で用量が強化される問題が解決しないと思う。
副作用 他の領域の薬剤と異なり、抗がん剤は重篤で生命を脅かすような副作用の発現頻度が高い薬剤である。効果があって安全な範囲は狭く、標準の二倍量が投与されれば、しばしば致死的になり得る。抗がん剤は骨髄や粘膜組織など、増殖するスピードの速い組織に副作用が現われやすい特徴がある。薬剤により差があるが、次の三点が副作用として重要である。
【骨髄抑制(特に白血球数の減少)】 感染の危険は好中球数五〇〇以下の状態では高く、好中球数減少期間とも相関する。時期を失しない抗生物質投与が必要である。顆粒球刺激因子(C-CSF)が日本で汎用されているが、無熱患者には原則的に勧められず、有熱患者の場合も、その有用性は明らかではない(一九九六年アメリカ臨床腫瘍学会ガイドライン)。白血球減少による感染症が重篤化して敗血症となれば、治療死の危険が高まる。このような危険の高い血液、小児がんの化学療法は腫瘍内科医が行うべきであり、固形がんの化学療法も専門知識のある医師が担当すべきである。素人医師が薬剤メーカーのパンフレットを見ながら行うのは、かなり危険なことである。 また血小板数が二万以下(正常値は一〇万以上)になると出血の危険が増すため、血小板製剤の輸血が必要とされる場合が多い。
【胃腸への副作用】 口内炎はメソトレキセート、5-FUの用量規制毒性になることが多い。一般に症状出現から七〜十日以内に治癒する。口内炎の程度は、口腔不快感から潰瘍、経口摂取障害、出血にまでおよぶ。予防、治療としては、うがいの励行が基本である。下痢は腸管粘膜に対する毒性の結果である。悪心、嘔吐は様々な程度にみられる。セロトニン受容体拮抗剤とコルチコステロイドの併用が一般的な対応策である。
【血管外漏出】 アドリアマイシンなど、薬物によっては皮下に薬剤が漏れた場合、水疱性皮膚壊死、難治性皮膚潰瘍を生じる。これらは極めて重大な局所症状であり、予防が何より重要である。特にこのような薬剤(vesicant drug)を使う場合は、スタッフの注意と患者教育(点滴部位の刺激を感じたら直ちに声を上げてもらう)が重要だ。
化学療法の100年 ここでがん治療医として世界的にも高名なサミュエル・ヘルマンの論説を要約して紹介したい (J.Clin.Oncol.7 2295-2296, 1998 )。ヘルマンについては本書でも何度か取り上げているが、この論説は化学療法の百年というテーマで、抗がん剤治療の難しさについて述べている。 〈化学療法という言葉は、本来病気の治療に化学薬品を用いることを意味する。エールリッヒ(ノーベル賞受賞者)が、微生物に対して有効で、人体には害を与えない魔法の弾丸(化学療法)という意味で初めて用いた(一九〇七年)。彼は梅毒に対する治療薬arsphenamineを開発した。彼は梅毒の特効薬として期待したが、あまり有効でなく、また副作用も強かった。化学療法という言葉には、こうした微生物に対して化学薬品を用いるという意味と、悪性腫瘍にたいして化学薬品を用いるという二つの意味がある。しかし一般には悪性腫瘍に対する治療と理解されている場合が多い。 エールリッヒの意図した選択的な治療効果は、がんでは困難である。現在では抗生物質だけが、厳密な意味で魔法の弾丸に相当する。細菌とヒトの細胞は大きく異なっているため、ヒト細胞にはない標的が数多く存在する。これが抗生物質が成功した理由である。しかしがん細胞はヒトの正常細胞に酷似しているため、標的を見い出すのは容易ではなく、さらにがんの薬剤に対する適応能力が治療をさらに困難にしている。 植物界の進化の過程で、抗菌物質は自然に生み出されてきた。しかし抗がん剤が生み出される理由はない。したがって植物界に抗がん剤のヒントを求めても、答えはなかなか存在しない。もちろん最も有効な抗がん剤のいくつかは、自然の生成物とその派生物である。我々はまた医学の善悪両面性ということを思い出す必要がある。別の環境で有効なものは別の環境では破壊的である。メスも放射線も薬物もしかりである。腫瘍細胞と正常細胞の類似性と腫瘍の適応能力を甘くみることはできない。 科学的、技術的な進歩によって、新しい治療法には常に大きな期待がある。しかし、がんの新しい治療に関する限り、良い知らせは常に先にくることを覚えておかなければならない(最初は画期的な進歩と報告された治療法が、あとになって幻滅する結果に終わってしまうことが多い)。我々は過剰な期待をすることも、困難を過小評価することも慎まなければならない。魔法の薬は、やっては来ないのだ(Wonder drugs are hard to come by)。〉
【化学療法のまとめ】 抗がん剤治療の成功は、ペニシリン、ストレプトマイシンに象徴される抗微生物治療の成功に比べて、桁違いにむづかしいといえる。観念的にいうなら、微生物との闘いはあくまで外敵との闘いであるのに対し、がんとの闘いは自分の分身との闘いであるからだ。現在の化学療法は標的が定まらないまま、弾薬を浪費しているような効率の悪さという指摘は真実であろう。 一九六〇年代、血液がん、小児がんなどの一部のがん、全体でみれば約一〇%程度のがんの治療で、化学療法は画期的成果を納め、これらの領域では化学療法の効果は疑う余地はない。しかし、その後の成人固形がんへの適応は、はかばかしい成果を未だみていない。特に用量を強化して成果を上げようとしたこれまでの試みは、はっきりと失敗といえるだろう。しかし標準量以下の化学療法では、特に術後補助療法の領域で、これまでの進歩を破棄してしまう危険が大きいのも事実である。 抗がん剤の使用に際しては、はっきりとした目的とデータに基づいた見通しが要求される。治癒の可能性を前提にしているのか、あるいは延命目的か、はたまた現在の症状緩和が目的か。こうした目的と見通しを患者側と医師の側で議論することなく、抗がん剤を合理的に使用することは困難であろう。 がんで命を奪われる多数の患者にとって、がん治療全体を見通したとき、これは負け戦である。それゆえ玉砕的な戦いに陥ることなく、冷静に効果と犠牲のバランスを考えなければならない。がんの進行で苦しむ患者が、さらにがんの治療でぼろぼろになるという事態は、合理的な判断によって避けなければならない。しかし、抗がん剤治療は時に劇的ともいえる効果をもたらし、一時的(数カ月間)に終わる場合が多いが、しかし価値ある症状緩和と延命効果をもたらす。それゆえ、これまでのデータ(エビデンス)に基づく治療選択によって医学の不確実性を減らし、患者治療の質を高めていくと共に、治療効果の連続的な再評価と方針の軌道修正が特にこのような闘いでは重要になってくる。