◆乳房温存療法と乳房切除手術
乳房温存療法とは、しこりを含めて乳腺の一部分だけを切除する手術で、
放射線照射を加えることで乳房切除術と同等の治療成績が証明されています。
がんの取り残しがありえるため、乳房温存療法は危険ではないかと危惧されて
いましたが、1970年代ー1980年代に欧米で大規模な臨床試験がおこなわれ、
その結果、乳房温存療法の安全性が認められました、1990年にアメリカの
厚生省(NIH)が、1期と2期の乳癌患者の大部分の人にとって乳房温存療法は
適切な治療法であり、乳房切除術と同等の生存率をあげることができ、かつ
美容的に優れるため、乳房切除術よりも好ましい治療法であると宣言しています。
当院では約70%の患者さんに乳房温存療法を行っています。
一般的に乳房温存療法を勧められないのは、温存療法では10年以内の局所
再発率が10%を超えると予想される患者さんの場合で、その他の理由も含め
以下の4条件です。(1998年カナダ医学会ガイドラインより)
1、乳房内の広範な石灰化や腫瘍の多発、切除した組織の端に癌が残るなど
局所再発の危険性が高い
2、妊娠、膠原病などで放射線をかけられない
3、乳房に対し腫瘍が大きい
4、患者が乳房温存療法を望まない
乳房温存療法をおこなった時の再切除についてー癌の取り残しが考えられる場合
しこりを含めて乳腺の一部を切除した場合、肉眼では大丈夫だと思っても、
顕微鏡で調べてみるとおもいがけず癌細胞がひろがっている場合がありえます。
切除した標本の端(断端)を調べることにより、がんの遺残の程度が予想でき
ます。ただし、断端の正確な評価は困難であり、施設によっても判定基準が異
なるという問題があります。乳房温存療法は、完全な癌細胞の切除は不可能で
あり、放射線照射を加えることで微細な癌細胞をコントロールするという概念
の治療です。癌の取り残しがあれば再手術(乳房切除術)が必要であり、断端
に癌がなければ放射線照射をしなくてもよいという単純な考えではありません。
ただし、放射線での癌のコントロールは手術よりも劣っています。微細な病変
には有効ですが、癌細胞の量が多くなると、コントロール困難になり再発をき
たすおそれが出てきます。手術中に迅速診断で判定することも、ある程度参考
にはなりますが、最終的な判断は永久標本といってプレパラートに固定してか
らおこないます。通常は7日から14日かかります。
断端にまで癌がたくさんある場合(断端陽性)には、再切除が必要とされてい
ます。断端にまで癌があっても、ほんの少ししかない場合には放射線照射でも
いいのではないかという意見がありますが結論はでてません。癌が乳管内を広
範にひろがって断端にまである場合には再切除が望ましいとする意見が多数派
です。
断端に癌がない(陰性)と判定された場合でも、放射線照射は必要とされてい
ます。断端陰性の場合でも5-10% 陽性の場合には10-20%の乳房内再発が10
年の間におこるというデータがあります。
遺残した癌が原因で乳房内再発を起こした場合、それがもとで命取りになるか
どうかということについては、専門家でも議論のあるところです。現在、臨床
試験がおこなわれていますが、まだ結論はでていません。もともと全身にひろ
がった癌細胞が育つかどうかで癌がなおるかどうかは決まり、乳房内再発の有
無は癌細胞の悪性度をしめすマーカーにすぎず、最終的な生存率とは関係ない
という説がありますが(B.Fisher /ピッバーク大学)、反対意見も強いのです
(S.Hellman/ シカゴ大学)。いまのところは安全な方法、つまり、極力乳房
内再発を避ける方法をとることが賢明だと思われます。
腋窩(わき)のリンパ節がさわって腫れてなくても、リンパ節に癌の転移がお
こっていることがあるため、乳癌(浸潤性乳癌)の治療においては、必ず腋窩
の治療をおこなうのが、現在のところ標準治療です。腋窩リンパ節転移のある
確率は、しこりが大きくなるにつれて、増大することがわかっています。2cm
位の大きさでも約20%-30%で、実際にリンパ節をとって調べてみると転移が
あるというデータがあります。したがってリンパ節を治療しなかった場合には、
癌の転移を取り残すことになり、命取りになる可能性があるため、必ず腋窩の
治療が必要とされているのです。(リンパ節転移を放置しても、命取りにはな
らないという説もありますが、この説でもリンパ節の局所再発により再治療が
必要になるためやはり腋窩治療は必要と考えられています)。手術をせずに確
実にリンパ節転移が診断できる検査法は、今のところありません。1cmより小さ
なしこりの場合には転移のある確率がもっと少なくなるため、腋窩の治療をお
こなわない方法が実験的におこなわれることもあります(B.Cady/ ハーバード
大学)。腋窩の治療をせずに、もしあとから(1-2年後)リンパ節がはれてきた
ら、その時に治療しても生存率は低下しなかったという臨床試験の結果もあり
ますが(B.Fisher /ピッバーク大学)、この試験の解釈についての反論もあり
(S.Hellman/ シカゴ大学)、今の所、腋窩無治療(あとから腫れてきた時に
治療する)は、実験的治療とされています。ここ2-3年、アイソトープと色素を
用い、リンパ節を1-2個だけ調べてその結果で方針を決めようという試みが本格
的に始まりました(sentinel node biopsy)。現時点では実験段階ですが、
今後の臨床試験の結果によっては標準治療となり、画一的な腋窩治療は行われ
なくなる可能性もあります。
2-3手術と放射線治療
腋窩の治療は手術(腋窩郭清)が標準です。全身麻酔下で、乳房と一緒にわき
のリンパ節を切除します。乳房温存療法の場合には、乳房のしこりを取ってか
ら、わきの下の目立たない所を別に切開をおいて、わきのリンパ節を切除しま
す。合併症として、腕のむくみ、わきの下の重い感じや違和感、などが20%程
度の人におこります。腕があがらなくなるような重篤な合併症がおきることは
まずありません。
実際にリンパ節に転移があったかどうかが、手術をするとわかります。腋窩リ
ンパ節転移の数は乳癌の治りやすさの一番の目安になることがわかっています。
リンパ節転移のない人のなおる確率が一番高く、転移個数が増えるにつれて、
その確率が低くなるというデータがあるのです。手術後の補助療法(抗癌剤治
療/ホルモン療法)をおこなうかどうかも、リンパ節転移の有無により判断す
ることがあります。ただし最近は、2cm以上のしこりの乳癌では、リンパ節転
移がなくても補助療法をおこなうことが、国際的な標準治療となってきています。
腋窩に放射線をかけて治療する方法もあります。放射線治療は手術よりも癌を
殺す力は弱いのですが、さわってわからないようなリンパ節転移に関しては、
放射線治療も十分有効であるとのデータがあります
(EBCTCG N.Eng.J.Med 333,1444,1995) 。
ただし、明らかに腫れたリンパ節転移をコントロールする
のは困難です。臨床的に腋窩のリンパ節転移がない場合には、腋窩治療に放射
線を用いることも可能とされています。ただ手術療法にくらべ、腋窩照射単独
治療のデータは多くありません。日本では慶応放射線科の近藤誠医師が積極的
におこなっており今のところまずまずの成績をあげています。ハーバード大学
の放射線治療センターの医師達(J.R.Harris)は、世界的な教科書に、腋窩照
射は腋窩手術と同等に有効な治療法であると述べています。放射線治療をおこ
なう場合の最大のメリットは、温存療法をおこなう場合に、局所麻酔でしこり
をとって、外来通院で乳房と腋窩に照射するという方法により、入院、手術の
負担を最小限にできることです。60分程度の手術ですみ、当院では一泊二日で
おこなっています。また腋窩(わき)の違和感や腕のむくみなどは、短期的に
は手術よりも軽いことがほとんどです。欠点としては、わきのリンパ節に転移
があったかどうかが、わからないことがあります。手術後の補助療法の選択の
さいに問題となることがあります。また長期間5-10年たってからおこる合併症
に、神経叢障害というものがあり、頑固なうでのしびれ感や放散痛をきたすこ
とが報告されています。ただこの障害は、20年近く前の放射線技術が未熟だっ
た時期のものであり、現在のやりかたでは稀だろうといわれています。
実際に当院でそれぞれの手術を受ける患者さんの割合は以下の通りです。
1局所麻酔による腫瘤切除単独
(日帰り,又は入院1泊2日) 15%
2全身麻酔による腫瘤切除+腋窩リンパ節切除
(入院10〜14日間) 55%
3全身麻酔による全乳房切除+腋窩リンパ節切除
(入院10〜14日間) 30%
★参考資料1 『平均的な手術入院の経過』
(JR東京総合病院)
■月曜日に入院
乳房温存手術ー放射線照射ーホルモン療法の場合
月 火 水 木 金 土 日
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
1日 午前10時入院
看護婦から説明、検査など
麻酔科医師より麻酔に関する説明
夕方、手術の説明(川端より)
2日 手術(90分ー120分程度)
3日 昼から自由に病院内を動けます
4日ー8日 回診時にドレーンのチェック
9日 ドレーンを回診時に抜去
10日ー13日 退院
15日(月)午後、外来受診/傷の処置
17日(水)午後、病理検査/ホルモン受容体検査結果の説明および今後の
方針の最終決定
22日(月)午後、外来にて傷の処置、放射線科の予約
24日(水)放射線科初診、治療計画を行った後、第1回照射
この日から月ー金まで連日で25回放射線治療に通院(1回の治療時間は
1ー2分です)翌月の月末には治療が終了。
■金曜日に入院
乳房切除手術ー抗がん剤療法(CMF)の場合
月 火 水 木 金 土 日
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
1日 午前10時入院
看護婦から説明、検査など
麻酔科医師より麻酔に関する説明
夕方、手術の説明(川端より)
4日 午前手術(90分ー120分程度)
5日 昼から自由に病院内を動けます
6日ー11日 回診時にドレーンのチェック
11日 ドレーンを回診時に抜去
13日ー16日 退院
18日(月)午後、外来受診/傷の処置
病理検査/ホルモン受容体検査結果の説明および今後の方針の最終決定
21日(木)午前、外来にて傷の処置、
第1回目の抗がん剤の点滴 CMF第1サイクル@(CMF1-1)
28日(木)午前、CMF第1サイクルA(CMF1-2)
翌月18日(木) CMF第2サイクル@(CMF2-1)
同25日(木) CMF第2サイクルA(CMF2-2)
このような形で6サイクルまで行います
★参考資料2 『治療に必要な費用の概算』
10日程度入院して乳癌の手術を行った場合の入院手術費用は総額55-60万円
(3割負担の場合17万円程度)です.なお放射線治療は25回で総額約30万
(3割負担の場合9万円程度),化学療法CMF半年間で総額約30万(3割負担の
場合9万円程度)です。AC-タキソール(半年間)の場合約100万円(3割負担
の場合30万円程度)またホルモン療法;タモキシフェン内服5年間で110万円
(3割負担の場合33万円程度)、LH-RH-analog 2年間注射で156万円(3割負担
の場合47万円程度)となります。
★参考資料3 乳房切除術後の放射線治療
乳房切除術後に放射線照射を加えることで、局所再発率は低下します。そして
生存率が上昇する可能性もあります。
乳房切除術後に放射線照射を加えることにより、局所の治療をより完全にする
ということが行こなわれてきました。手術で切除しない内胸リンパ節も照射す
ることで治療可能となります。ハルステッド理論に基づき1970−80年代におこなわ
れ、局所の治療をより完全にすることで生存率が向上すると考えられたのです。
全身病理論の立場にたてば、局所再発率は低下しても、生存率には差はでない
はずです。手術も放射線治療も局所の治療であり、すでに全身にある転移巣が
育つか否かで癌の治癒が決まると考えれば、局所治療の大小と生存率にはほと
んど関係ないはずだからです。1995年にオックスフォードの医学統計学者
(Early Breast Cancer Trialists' Collaborative Group)がまとめて発表
した報告(N Engl J Med 1995;333:1444-55)によると、胸筋温存乳房切除術
後に放射線照射を加える効果を比較した23個の比較試験を総合した結果、照射
によって生存率はむしろ3%(相対値)低下していました。他の手術法の場合
も加えた4万人以上の成績を総合すると、放射線照射を加えることで局所再発は
1/3に減っていましたが、10年生存率は非照射群41.4%、照射群40.3%と有意な
差はつきませんでした。他病死を除き乳癌だけによる死亡率を比べた場合には
照射により乳癌死亡リスクが0.94倍と減少していますが、心臓病など他の原因
の死亡が1.24倍に増えていることもあり、生存率の向上は認められなかったので
す。1985年以前に開始された比較的古い臨床試験の成績のため、放射線照射の
器械、技術が未熟であり他病因死が増えていたものと解釈されています。この
結果は、全身病理論に有利なものです。局所再発が1/3に減っていながら、生存率
が変わらないというものだったからです。この報告があった後に、放射線照射
による生存率の向上を認めたという論文が2本立て続けに発表されました。
(N Engl J Med 1997;337:949,956) デンマークからの報告では、二期と三期
の乳癌1708例に乳房切除術と抗癌剤治療をおこなってから、胸壁とリンパ節に
放射線照射を加える群と加えない群とにふりわけて比較したところ、10年生存率
は54%対45%と照射を加えた群で有意に上昇したというものでした。またカナダ
からの報告は、小規模なものながら318例の腋窩転移陽性の閉経前乳癌患者を、
乳房切除術と抗癌剤治療後にやはり照射を加える群と加えない群に振り分けて
比較しました。15年経過観察したところ、照射を加えることで乳癌死が29%低下
するという結果でした。デンマークの臨床試験はかなり大規模なものであり、局所
治療である放射線治療を加えることで局所再発率が低下し、生存率の向上をきた
したというものです。これらの結果は、全身病理論だけで乳癌を説明するのはや
はり無理があり、局所治療の重要性を復活させるものでした。乳癌には非常に多
様性があり、診断時に既に全身病となっているものから、局所にのみとどまって
いる段階のまでの幅があるというスペクトラム理論を唱えるシカゴ大学の放射線
腫瘍学教授ヘルマン(Samuel Hellman)は、この2本の論文が掲載された
New England Journal of Medicineの編集コメントに、局所治療により遠隔再
発の源を防ぐ(stopping metastases at their source)という題で解説文を
載せています。抗癌剤治療を加えることで全身の微小転移巣がコントロールされた
場合、局所に残存した癌細胞が、後に遠隔転移をきたし致命的になる。
放射線照射は局所の微小残存癌細胞を死滅させ、ることで生存率を向上させる。
不充分な局所治療は、局所再発を増し、それが遠隔転移の原因となり致命的に
なる場合が多いというのがヘルマンの考えです。放射線治療医はこの2本の臨床
試験の結果を重要視し、乳癌治癒の可能性を最も高めるには最大限の局所治療が
必要だという原則が確認できたと考えています。実際的には、閉経前症例で腋窩
リンパ節転移が4個以上のものや、腫瘍径5cm以上のものは乳房切除術後の補助照
射を原則としておこなうべきだと主張しています。(J Clin Oncol1998;16:2886)
しかしこの2つの臨床試験に対しても、乳房切除術後の非照射群において局所再
発率がかなり高く、特に、腋窩リンパ節再発が多いことから手術が不充分だった
のではないかという反論があります。今の所、臨床試験の結果もこのようにはっ
きりとしたものではないのですが、今後、無作為化比較試験の結果が集積するに
つれ補助照射の役割が次第に明確になっていくと思われます。
★参考資料4 手術後に放射線治療を受ける方へ
放射線治療とは
放射線治療は高エネルギーX線を乳房にかけ、乳房の中に残された可能性のある
顕微鏡レベルのがん細胞を殺すことを意図しています。これにより乳房内の局所
再発を予防します。(局所再発が約1/4に低下することが実証されています)
通常25回(週5回で5週間かかります)で、総線量50Gyという方法がとら
れています。治療の初回にしシュミレーション(照射の位置決め)を行い、台
の上に寝て、上肢を挙上した状態でマジックで目印をつけます。この目印を用
いて次回からの放射線治療が行われます。JR東京総合病院では、水曜日にシュミ
レーションを行います。初回は治療計画のためかなり時間がかかりますが、2回
目以降は短時間(治療時間は1ー2分)で治療が終了します。
術後の放射線の副作用
大多数の患者さんは乳房照射に対して大きな副作用はありません。第3ー4週
頃から疲れやすく感じるかもしれません。この疲れは治療が終了して数週後に
はおさまります。
別の副作用として乳房の圧痛、かゆみがありますが通常は時間と共に消えてい
きます。しかしながら完全に逆の乳房と同じに感じられない、何か違和感が残
ることもあります。照射後の乳房に刺すような痛みを感じる人もいます。通常
は時間と共に消えていきます。
よくある副作用として皮膚の赤み、日焼けの症状があります。色白の人が強く
出やすいようです。赤みのあと黒くなることもよくあります。毛穴が大きく
なり、目立つようになることもよくあります。これらの症状は時間と共に消え
ていきます。また照射後、乳房の組織が線維化を起こし肥厚します。この効果
は長く残りますが、半年ー2年程度で症状はとれてきます。
照射した乳房からは授乳することができません。放射線の影響で十分な母乳が
でないからです。もちろん対側の乳房で授乳できます。
放射線治療を受けている時の皮膚のケアのガイドライン
刺激の強くないマイルドな石鹸を用いて下さい。(患部はこすらないで下さい。
マジックで書いた目印が消えないようにするためです。)
患側に消臭剤を用いないこと。消臭剤には通常アルミニウムが含まれており、
放射線と相互作用する可能性があるからです。照射中はベビーパウダーを代わ
りに用いて下さい。
患側の脱毛には電気かみそりを用いること。手術のためにこの部位の知覚が低
下しており、傷つける可能性が高いからです。このような傷は感染やさらには
リンパ浮腫の誘因にもなるからです。
放射線治療中は照射部位に直射日光を当てないでください。